上を向いてぐんぐん歩いていけるときもあれば、
落ち込んだり迷ったり、ときに立ち止まったり。
人生の曲線は大小の波のように、みなそれぞれに違った模様を描いています。
ここでは、さまざまな方の人生曲線を拝見。
その足跡から多彩な生き方をうかがうインタビュー連載です。
揺れたり落ち込んだりしたときの、心のお守りも教えていただきました。
Text : Akari Fujisawa
Edit : Ayumi Sakai
人生曲線、高位キープが高尾流
「はーい、こんにちは〜!」元気な声が部屋に響いた瞬間、その場がパッと明るくなりました。華やかな刺繍シャツにネクタイ、カジュアルなデニム。そしてソフトモヒカンのとんがりヘア。はつらつとした笑顔で登場したのは、産婦人科医の高尾美穂さんです。
イーク表参道の副院長として日々の診療にあたりながら、多方面からのアプローチで健やかに生きるヒントを届けている高尾さん。音声コンテンツ「高尾美穂からのリアルボイス」では、心身ともに「日々をより良く生きる」ための考えを自身の言葉で語っています。
人生曲線を書いてくださいとお願いすると「うーん、どんな感じかなあ。最初から低い人はいないから、必ず高いところから始まるよね」と、ペンを片手にニコニコ顔。その言葉にも、独自の人生観が見えるようです。
「最初の落ち込みは中学3年生。クラスの友だちからいやがらせを受けていた時期がありました。当時は『いじめ』という言葉はありませんでしたが、あとから新聞を読んでいて、自分のされていたことは、まさにそうだったと知りました」
高校受験では、試験本番だけでなく内申点も合否を左右します。勉強好きで成績のよかった高尾さんがクラスにいることで、内申点が不利になると感じた子たちによるいやがらせが続いたのです。
「でも、高校に行けば離ればなれだとわかっていたし、学校だけががすべてじゃない、こんな経験はきっといまだけだと割り切ることができたので、落ち込みが長引くことはありませんでした。だから曲線もすぐに上向きです」
マグロが止まった、コロナ禍の空白期間
もうひとつの落ち込みは、2018年8月。家族の病気と、その後に重なるようにやってきたコロナ禍でした。その時間を、高尾さんは「泳ぎ続けていたマグロが止まった」と振り返ります。
「2020年4月にクリニックが休みになり、突然、家にいる時間ができました。ずっと動き回る生活だったのが、ぱたんと止まっちゃった。家でなにをしたらいいのか分からなくて、そんな状況は初めてのことでしたね」
しかし、その時間を糧に始めたのが、冒頭でご紹介した音声配信です。状況にくよくよと落ち込み続けず、「じゃあ、いま何ができるかな?」の気持ちに切り替えたからこそ生まれた新しい取り組みでした。その発信をきっかけに、また新たな景色が広がっていったのです。
おぼれた時はあがかない。 流れに身を任せる
そうはいっても、いじめに家族の病気、そしてコロナ禍での仕事のストップ。もしこれが自分だったら明るい未来を想像できず、もうおしまいだと深く沈み込んでしまいそうです。何年前のことであっても、長く心に傷を抱え、引きずり続けてしまうことだってあります。
どうすれば、高尾さんのようにパッと気持ちを切り替えていけるのか、何かコツはあるのかと尋ねたところ、意外にも味方につけていたのは、誰もが等しく持つ「時間」でした。
「無理に気持ちを奮い立たせようとは思わず、時の流れに身を任せる部分が大きいです。時間は、確実に傷ついた気持ちを変えてくれます。だからどうしても苦しいとき、悩みの渦中にいるときは、あがかないで過ぎるのを待つ。これが、私がやってきた方法かな。
たとえば、おぼれたときに暴れたら余計におぼれてしまうでしょう。
昔、オーストラリアで参加したラフティングでボートから落ちてしまったんです。事前の注意事項で『もし落ちたときはラッコのポーズで浮かぶ』と教えられましたが、実際に落ちると、もうダメだ〜!って。濁流の中でコンタクトレンズが流れないようにぎゅっと目を閉じて、必死にもがいて浮かぼうとして……2〜3分くらいだったのかな」
どうしようもなくなって、なんとかラッコの姿勢になった高尾さん。コンタクトレンズなんてもういいやと目を開けた瞬間、思いがけない光景が飛び込んできました。
「目の前の水の泡がキラキラしていたんです。目をつぶっていたときは、ドロドロの濁流に巻き込まれていると思っていたのに。うわあキレイと思ったそのとき、ほかのラフティングボートのガイドにヘルメットをグイッと引き上げられ、なんとか命拾いしました。
つらいときはあがいてしまう、それでもいいんですよ。でも、うまくいかないならなにか別のことに触れて、自分の心がそれ以上傷つかない状態にする。そして時間が流れるのをとりあえず待つんです」
自分のつらさが、 誰かの気持ちを知るための経験になる
「もちろん、落ち込むこともあります。特に家族の病気は突然のことで、それでも仕事は1年先まで決まっているような状況。そのころは嵐の中にいるみたいでした。結婚式やお葬式って、うれしい、悲しいという気持ちを味わうよりも、山のようなやるべきことを必死でやっているうちに時間が過ぎていきますよね。そんな感じです。
大変でしたが、おかげで経験できたこともたくさんあります。つらいことが起きても引きずらないのではなく、良いほうへ引きずっているのかな。その経験したからこそ、『同じようにつらい思いをしている人がいるかもしれない』という目で世の中を見られるようにもなりました」
vol.2では、高尾さんの基盤となった子ども時代について、さらに、医師という立場を経験して感じる、「いま」を肯定する考えのヒントをお聞きします。