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禅僧に聞く「現代ストレスの悩みQ&A」⑤

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自分で磨いた「素敵さ」が、自己肯定感を高めていく


世界中から注目を集めている「禅」の思想を、
やさしい言葉で伝える活動をしている宇野全智さん。
心の問題にまつわる活動も多く、
生きづらさを抱えている人々に心が軽くなるメッセージを伝えています。
現代人が感じているさまざまな悩みに対し、
2500年の歴史を持つ仏教&禅宗の僧侶は
どんなアドバイスを伝えてくれるのでしょうか。

Photo : Kohei Yamamoto
Text : Noriko Tanaka
Edit : Ayumi Sakai
今回の悩み

「自分に自信を持つことができません」

何をしていても、「どうせ私なんて」「私が悪いんだ」「私の能力が足りないからいけないんだ」と卑下することがクセになっていて、自己肯定感を持つことができません。どうしたらもっと、自分を受け入れることができるのでしょう。


誰の中にも「仏」がいる。
玉を磨くように自分と向き合う

「人は誰でも、仏の性質を持っている」というのは、仏教や禅におけるとても大切な考え方です。どんな極悪人であっても、弱さやズルさに振り回されてしまう人にも、奥には必ず仏らしさを持っている。あなたの中も必ず、キラキラ光る宝物のようなものが存在するのです。

けれども、もともと持っているはずの仏の性質が、いろんな汚れがこびりついて曇っていくわけです。その曇りの正体が、みなさんもご存知の「煩悩」です。その煩悩を、日々掃除していくことが修行です。人はいろんな汚れがこびりついているけれど、磨けば光る玉なのです。修行して仏になる、「素敵な人」になっていくことは、足し算ではなく、ひたすらお掃除を続けるような、引き算の作業なんです。

「煩悩」は108つもあると言われたりしますが、根本的には大きく3つに集約されます。「貪(とん)=むさぼり」「瞋(じん)=いかり」「癡(ち)=おろかさ」の3つです。「貪」は他人を押しのけてでも、自分だけが得をすればいいと考えてしまう心。「瞋」とは自分の欲望が思い通りにならないことに感情的になり、他人や自分を激しく攻撃する感情。「癡」は物事の道理を自分の都合のいいようにねじ曲げて解釈する心。

 

この煩悩は、どんなに修行をしても、生きている限りなくなることはありません。お釈迦さまですら、自分も生きている限り煩悩から逃れることはできないときっぱりおっしゃっています。だからこそ、毎日心をチェックして、少しでも素敵な人に近づけるよう、磨き続ける必要があるんです。

仏教では、仕事が早いとか遅いとか、部長だから平社員だからとか、そんなことは「素敵な人」の基準ではありません。例え年収数千万円稼ぐような人でも、同僚の仕事を横取りしたり、人を騙すようなことをしたりしているならば、それは何の価値もない。「自己肯定感が欲しい」と思うときに、何をしたら、どういう状態になったら肯定できるのか、目指す方向を一度しっかり考えたほうがいいですよね。それはお金を稼ぐことなのか、会社で役職につくことなのか。僕は僧侶としてどこまでも言い続けたいのは、人生の目標はやはり「あの人素敵だね」と思われる人になっていくことだと思います。

そうしたときに、誰かと比べて「私の能力が足りない」とか「私なんて、到底あの人にはかなわない」みたいな高さや大きさ、強さを競うことより、中からキラキラした「仏」を出していくために、むさぼりやいかり、おろかさといった「煩悩」をいかにコントロールして、自分を磨き続けているかということのほうが大切です。「素敵さ」は他人と比べるものではなく、自分自身と丁寧に向き合うことから生まれてくるものです。

自分で磨いて手に入れた「素敵さ」は
人から奪われることはありません

一見すると今の時代は、人を騙したり、ズルをしたり、人のものを奪い取ったりしても、目立つ場所に行き、お金を稼いだほうが偉くて、弱くて心優しい人が搾取されるような世の中だと感じている人が多いかもしれません。でも大丈夫です。もしかしてお金は搾取されるようなことがあるかもしれませんが、「素敵さ」は搾取されることはないのです。

何か失敗すること、例え世間的にはみじめに思えるような状況になったとしても、「でも、あの人にお世話になった人って多いよね」「あの人の笑顔に救われた」ということがあれば、その方は大きな徳を積んでいるのです。目に見える成功ではなくて、「素敵な人になること」が目標ですから、その人の価値が損なわれることはないのです。

誰も見ていなくても、「私、頑張ったな」「今日の私はちょっと素敵だったな」と思ったら、ぜひ自分で自分を褒めてあげてください。毎晩寝る前に鏡を見て「今日の自分はどんな顔?」と、見つめてあげるといいと思いますよ。もちろん「今日はダメダメな日だったな」という日もあるんですよ。今日はちょっとできた、今日は今ひとつだった……そんな風に揺れ動くものです。

僕の毎日も、「憧れの先輩である、お釈迦さまのように過ごせたかな」「同じ場面に遭遇したら、お釈迦さまはどんな風にふるまうんだろう?」というのが行動基準です。でも、疲れたり雑事がたまってイライラしたり、もちろんできない日もあります。自分をいちばん近くで見ているのは自分ですから、それはよく分かる。できなかった日は残念ですが、「今日はちょっと、仏っぽい一日だったな」と認める日もありますよ(笑)。そういう日は、誇りを持って眠りにつきます。

揺れてもいいし、迷ってもいい。大切なのは、そうして揺れ迷いながらも、毎日コツコツと、自分を磨き続けることだと思うのです。

Have a try !
頑張った日があれば、できない日があってもいい。ときには休みながら、コツコツと。
それが自分を受け入れる訓練に。坐禅の方法は曹洞宗HPにも
https://www.sotozen-net.or.jp/sotozazen
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