お客様から「元気がないときに、おすすめの本はないですか?」と
よく訊かれるというペンギン ブックストア店主の立石さん。
そんな時、立石さんは「元気が出る本」ではなく
「元気がなくても楽しめる本」を紹介しているのだそう。
気持ちに寄り添ってくれて、硬くなった心をほぐしてくれる。
そんな一冊を、毎月セレクトして独自の視点で紹介する人気連載。
悲しみに沈んでいるときの
「逃げ場所」になってくれる11の物語
少し前に高齢のお母さまを亡くされたお客さまが、久しぶりにお店に来てくださいました。そのときに話された言葉が、深く心に残っています。「ずっと、私が母を支えていると思っていたけど、本当は私の方が支えられていたんだなって気がついたの」。
ホームケア・ワーカーの「私」が、末期のエイズ患者たちを訪ねる物語です。レベッカがこの本で伝えたいメッセージは、とてもシンプル。「病気の人をお世話する人も、体を委ねてお世話してもらう人も、実はお互いにかけがえのない贈り物を贈り合っているのだ」ということです。
私にも高齢の両親がいます。これまでは両親の世話をすることを、一方的に「時間と労力を奪われている」と思い込んでいました。でももし、私も〝贈り物″をもらっているんだと思うことができたなら……世界はまったく違って見えてきます。
死に近づいている人たちの話なのに、どうしてこんなに心が慰められるのか、不思議です。まるで冬の曇り空のように、やさしく沁み込んでくるのです。もうじき命が消えるとわかっているのに、この人たちはどうしてこんなに気高く、勇敢でいられるんだろう。痛みも、恐怖も、怒りも、孤独も、そっと毛布で包みこんで、毛布ごと抱きしめてあげるような「私」の存在があるからこそ、なのかもしれません。
もし理由もなく悲しくなったり、寂しさで押しつぶされそうなときは、この本の中に逃げてくればいい、そう思えます。「いい本」とは、逃げ場所になってくれる本のことなのかもしれません。この本こそが、レベッカからの、そして素晴らしい翻訳をしてくれた柴田元幸氏からの、私たちへの贈り物といえます。
『体の贈り物』
レベッカ・ブラウン・著/twililight
アメリカの作家、レベッカ・ブラウンの代表作。
「汗の贈り物」「涙の贈り物」など11の短編で、
エイズ患者とその身の回りの世話をする
ホームケア・ワーカーの交流を描いている。
料理をして、お茶を淹れて、入浴や排泄を介助して、
おしゃべりをして……淡々と過ごす日々のなかに生まれる友情、
命の輝き、そして容赦なく訪れる別れが、共感と感動を呼ぶ連作小説。



