「腸を整えることが脳や心の健康をもたらす」ことがわかってきましたが
私たち一人ひとりの腸内細菌バランスは、育った環境や食事の内容によって決まるそう。
腸内環境を育み、生まれ持った腸内細菌を心の健康に活かすためには、
どのような食事を心がければ良いのでしょうか。
第三回目は内藤裕二先生に、「腸内環境を育てるための食事法」についてお話を伺いました。
Text : Takuro Nakamura
Edit : Osamu Ogura
腸内細菌バランスは人によってさまざま
私たちの腸内細菌叢は、生まれ持った腸内細菌をベースに、育った環境や食事などの影響を受けて、固有の腸内細菌バランスが出来上がります。そこに含まれる菌の種類や構成比率には、国や地域ごとに違った特徴があるといいます。
例えば、善玉菌としてよく知られる「ビフィズス菌」は、他国の人に比べて日本人の腸に多い腸内細菌の一つで、欧米人の腸にはほとんどいないのだそうです。 その理由は、「味噌や醤油のような麹菌由来の発酵食品の成分に、たまたまビフィズス菌が好む成分があったからではないか」と内藤先生。私たちは長い歴史の中で、風土や生活に適したビフィズス菌などの善玉菌を育ててきたといいます。
さらに常在菌として腸内に定着できる腸内細菌は、3歳までの生まれ育った環境によってほぼ決まってしまうのだそう。 「生まれ持った善玉菌を活かすことが、心の健康に効く腸内環境を育てる秘訣です」
また、個人個人の腸内細菌バランスはさまざまだ、と内藤先生。腸内細菌バランスの傾向をタイプ別に分類する「エンテロ(=腸)タイプ」という指標がありますが、日本人の持つ腸内細菌叢の特徴は主に5つのエンテロタイプに分類することができるそうです。(下図参照)

特に多いのはBタイプ(全体の52%)とEタイプ(同22%)。BタイプとEタイプは、どちらも病気リスクの少ない健康な人によく見られるタイプで、違いは食事内容だとか。Bタイプはなんでもよく食べ、3大栄養素をバランスよく取れている人。Eタイプは栄養バランスが良いが、動物性脂肪の摂取が少なく、野菜を多く食べるベジタリアンなどによく見られる腸内細菌叢を持っている人だそう。
一方でAタイプは、心臓疾患や脂質異常症、高血圧、糖尿病などのリスクが高い人に多く見られるといいます。高タンパク・高脂肪食への偏りが、病気リスクに結びついてしまっているAタイプですが、食生活やライフスタイルを改善することで、BタイプやEタイプに変化することがあるそうです。
善玉菌を育てるカギは食事の多様性
このタイプが示すように、腸内で育てることのできる腸内細菌は、生まれ育った環境によってある程度は決まっているものの、腸内細菌バランスは食生活によって改善することができるといいます。 「生まれ持った善玉菌を活かすためには、腸内細菌に多様なエサを与えるという意味で食事の多様性が重要です」と内藤先生。 食事の多様性が高いほど、腸内環境も多様になり、善玉菌が育ちやすい環境になるそうです。
逆に食事の偏りは、腸内細菌叢の多様性の低下につながるといいます。これは、腸内細菌が私たちの食べ物に対する欲求に影響を与えているからだそう。腸内細菌は、人が摂取した食べ物からエネルギーを与えてもらう代わりに、人の体調を整える働きをしています。そして、腸内細菌同士の生存競争の過程で、人の食べ物に対する欲求にも影響を与えているといいます。例えば、特定の食べ物をよりおいしく感じさせたり、空腹を誘発するホルモンを出したりすることもあるのだとか。
「脳には報酬系というシステムがありますが、これは欲求や喜びを司る仕組みです。薬物依存症と同じように、報酬系が麻痺すると特定の食べ物ばかりを食べたくなります。この報酬系が麻痺するようにシグナルを送っているのが、腸内細菌なのではないかと私たち研究者はみています」
つまり、決まった食べ物ばかりを食べていると、その食べ物に含まれる成分を好む腸内細菌が増えると同時に、その食べ物を食べたいという欲求も強まる、という悪循環になってしまうというのです。
健康に良いからといって、特定の食べ物だけを食べていれば良いというのではなく、多様な食事を摂り、腸内環境を育てていくことが大事だといいます。
「長い目で見て心の調子を整えていくためには、一時的に腸内環境を改善するよりも、その人ならではの腸内環境をつくりあげていくほうが良いのです」

食物繊維が腸内環境を整え、育む
心の健康に効く腸を育てていくためには、食事の多様性がなによりも大事ですが、中には制限すべき食べ物や積極的に摂るべき食べ物もあるようです。内藤先生が摂取量を減らすべき食べ物として口を酸っぱくして注意するのは、「塩」「砂糖」「加工肉(動物性脂肪)」。
「腸内環境を整えるためには、まずは現状で腸に悪影響を及ぼしている食べ物を減らすことが重要です。塩、砂糖、加工肉です。ハッキリいいますが、これが私たちの腸内環境を悪化させている代表的な食べ物です」
日本人は特に、塩分の摂取量が多い傾向にあるそう。世界保健機構(WHO)が推奨する1日あたりの塩分摂取量は5gですが、日本人の平均的な塩分摂取量は1日あたり10gを超えているのだとか。
では、固有の腸内細菌叢を活かし、バランスの良い腸内環境を育てるには何を摂取すれば良いのでしょうか?それは「プレバイオティクス」だといいます。プレバイオティクスとは、有益な腸内細菌の栄養源となる食品成分のこと。プレバイオティクスを摂取することで、乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌の増殖が促進されるのだそう。
代表的なプレバイオティクスは、難消化性オリゴ糖と一部の食物繊維です。内藤先生は特に食物繊維に注目しており、「いま日本人に一番足りていない栄養素は食物繊維で、一日に25g摂取することがおすすめ」といいます。
食物繊維の中でも、「発酵性食物繊維」は特に効果的と内藤先生。発酵性食物繊維の特徴は、食物繊維のなかでも善玉菌のエサになりやすく、代謝・分解の過程で有害菌の増殖を抑えたり、腸を修復したりする代謝物、「短鎖脂肪酸」を作り出すことです。
発酵性食物繊維は「MAC(microbiota-accessible carbohydrates = 腸内細菌が食べる炭水化物)」とも呼ばれ、近年は、発酵性食物繊維を多く含む食品を「High MAC(高発酵性食物繊維)食品」として、他の食品との差別化が図られています。なお、発酵性食物繊維は、全粒穀物や果物、野菜やキノコなどに多く含まれているとのこと。

また、発酵性食物繊維を日常の食事に取り入れていくには、毎日の主食となる穀物での摂取を意識することがおすすめだそうです。3食に1回は「玄米」や「雑穀」、「大麦」を混ぜるなど、主食に少し工夫を加えることが、発酵性食物繊維の摂取量を増やす近道だとか。
ポイントをまとめると、食事の多様性を心がけることを前提に、塩・砂糖・加工肉の量を減らし、食物繊維を1日25g以上摂取すること。とてもシンプルなことですが、日々、実践するとなるとそう簡単なことではありません。最近では便利なサプリや食物繊維を多く含むコンビニ食品もたくさん売られています。そうした手軽に摂取できるものも取り入れながら、腸を整えていくのが良いそうです。