書店に来られるお客さまから、
「元気がないときに、おすすめの本はないですか?」と訊かれることが、
よくあります。そんな方には、「元気が出る本」ではなく、
「元気がなくても楽しめる本」をご紹介しています。
自分の気持ちに寄り添ってくれて、硬くなった心をほぐしてくれる文章が、
見つかるかもしれません。
Edit : Ayumi Sakai
寝る前のひとときに読みたい
コーヒーの香り漂う小品集
装丁のせいかもしれませんが、この本を読むなら夜、という気がします。
一つひとつの物語がすごく短くて、あっという間に(だいたい5分くらいで)読み終わってしまうので、忙しかった一日の終わりや、なんだか眠れないときに、開いてみるのにぴったりです。
詩のようでもあり、絵本のようでもあり、エッセイのようでもあり。具体的な描写はなくて淡々と事実を書いているだけなのに、まるで映画を観ているように映像が浮かぶのです。もしかしたら具体的すぎないからこそ、自分の思い出の引き出しが開くのかもしれません。
アゴがはずれてしまった患者を専門に診る医師。
青いインクだけを何十年もつくってきた工場主。
映写技師にサンドイッチを運ぶ夜の配達人。
マスタードを塗ったパンだけを食べるオルゴールの修理屋。
そんな、興味をそそられる職業の人物たちが登場します。
「隣のごちそう」という一篇があります。食事に無頓着で、カップ麺や菓子パンなどを適当に食べていた女性。ある日、隣の人が料理している音と匂いに刺激され、どうしても同じものが食べたくなって材料を買いに走ります。それからは毎日、隣から漂ってくる匂いを頼りに、同じメニューをつくりつづけるのです。果たしてその結末は……? 読み終えて、思わず笑顔になってしまいました。
人とのつながりの中でこそ人は幸せになれるのだということを、あらためて感じることができる本です。
ちなみに、どの話にもかならず「おいしいもの」が登場します。読んでいたらお腹が空いてきて、ついついサンドイッチを作ってしまう可能性大。お気をつけて……!
『月とコーヒー』
吉田篤弘/徳間書店
『それからはスープのことばかり考えて暮らした』などの著作で知られる
人気作家が紡いだ、24篇の小さなファンタジー。
世界の片隅に生きている人たちを主人公に、さりげない日常のできごとや、幻想的なできごとが、
繊細な優しい語り口で描かれている。
物語の世界観にぴったり合った、魅力的なイラストが挟み込まれているのも楽しい。
クラフト・エヴィング商會という名前でデザインや著作の仕事も手掛けている著者が、
小説と挿絵だけでなく、デザインまでを手掛けている。