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MIND
揺らぐ心をフラットに「お悩み相談室」 #07
2025.05.15
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「つい見栄をはってしまいます」答える人:禅僧・宇野全智さん

「つい見栄をはってしまいます」 答える人:禅僧・宇野全智さん

現代人が抱える悩みや日々わいてくる心のもやもやに、
多くの人とその人生に向き合い、心を癒してきたあの人がアドバイス。
今回の回答者は、禅宗の僧侶・宇野全智さんです。

Text : Yoko Jinza
Edit : Ayumi Sakai

今回の悩み
「自分を良く見せたい」という願望があり、必要以上に高価な物を身につけたり、知ったかぶりをしてしまいます。お金がないときでも、後輩にはおごらずにいられません。最近はそんな自分に疲れてきました。そろそろ見栄っぱりを卒業したいです。

見栄は
自信のなさの裏返し

自分をよく見せようとしたり見栄をはる行動の根底にあるのは、人より自分が上でいたいという気持ち、つまりマウンティングに近い気持ちがあるのではないかと、私は思います。

同時に、見栄は自信のなさの表れでもあるでしょう。だからこそ、高級な服や時計で自分を〝かさ増し″して「あなたより私の方が上」と示したいし、「すごい」とほめてもらいたいのかもしれません。

むやみに自慢したりマウントを取る人に接したとき、あなたはどう思うでしょう。憧れたり尊敬したりしますか?「自分も同じことをしている」と気づくと、スッと酔いが覚めるように、見栄をはる心が消えることがあります。

そのままの自分では
自信は持てない

ただ、自信は何もしないで出てくるものではありませんね。「みんな違って、みんないい」という言葉がありますが、禅ではそのままの自分で「いい」にはなりません。やはり、仏のように素敵な人になろうとする努力が必要です。そして、「素敵な人だな」と思われたり、感謝されたりしたときに初めて自信がうまれるのだと思います。

見栄を良い行いや思いに変える

禅では古くから『無財の七施(しちせ)』という教えがあります。

< 無財の七施 >

どれもなにげないことですが、こういうことができたら素敵です。やさしい目で相手を見たり、「この人の仕事がうまくいくといいな」と願ったり、何か特別なことをしなくてもいいのです。毎日の生活の中で、素敵な人になるための行いをしていけば、自分に自信がついてきます。すると、見栄という余計なアクセサリーはいらなくなるでしょう。

profile:

宇野全智

曹洞宗総合研究センター常任研究員。 禅の教え、曹洞宗の教えを分かりやすく伝えるための企画・開発を手掛け、
坐禅会や写経会、講演・研修会を行いながら、「こころの問題」に広く眼を向け、
自死念慮者や自死遺族、また被災地の支援活動にも関わる。
曹洞宗広報委員。京都自死・自殺相談センター理事。
著書に『禅と生きる 生活につながる思想と知恵20のレッスン』(山川出版社)がある。

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