あのひとの描く人生模様 #03

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フリーランサー・稲垣えみ子さん vol.1
「たくさん『ある』を手放したら見つけた、『ない』の豊かさ」


上を向いてぐんぐん歩いていけるときもあれば、落ち込んだり迷ったり、ときに立ち止まったり。
人生に大小の波はつきもの。そしてその波模様は、みなそれぞれに違っています。
あの人は、揺らいだときどんなふうに考えているのだろう。
どうやって、この波を乗り越えているのだろう。その人にしかない生き方、考え方をうかがいました。
あなたの心に重なるヒントが見つかりますように。

Photo : Kohei Yamamoto
Text : Akari Fujisawa
Edit : Ayumi Sakai

「なくすことへの不安」に満ちた現代社会

今、不安に感じていることや、ストレスを抱えていることはありますか。 職場や家族の人間関係、金銭問題、周囲との比較による劣等感や嫉妬心。さらには物価高に老後の年金、ウイルスの流行、戦争、災害……。現代社会も将来も、考えるほどに不安は尽きないという人も多いかもしれません。

そんな時代の中で、自らを「夫なし、子なし、冷蔵庫なし、定職なしの“楽しく閉じていく人生”を模索中」と称するのは、アフロヘアがトレードマーク、元・朝日新聞記者の稲垣えみ子さんです。
2011年の原発事故を機に始めた節電生活でほぼすべての家電を手放し、新卒から勤めた朝日新聞社を50歳で早期退職。収納ゼロのワンルームに暮らすため、服も本も調理器具も極限まで減らした暮らしをしています。しかし、著書やエッセイなどで綴られるそこでの毎日は、なんとも豊かで楽しそう。

なにより驚いたのは、稲垣さんが「未来への不安はまったくない」と、軽やかに言い切ってくれたことでした。そこで現代のメンタル不調や憂鬱の多さについて投げかけると、「その背景は千差万別ですが、ひとつには『なくすことへの不安』が大きいのかもしれませんね」と話し始めてくれました。

「会社員時代を振り返ると、お金や地位に頼り、欲しいものをどんどん買って、ものを増やし、引っ越しのたびに部屋を大きくして……ということだけを目指していた気がします。会社も年功序列でそれなりにお給料が上がっていくのが当たり前の時代だったので、そこに疑問を持たなかったんですよね。地位もお金も物も、『ある』ほうがいい、それは絶対的な価値だと思っていました」

家電を使わなくなって気がついた、思いがけない楽しさ

その考えを大きく変えたのは、東日本大震災による原発事故です。一歩間違えば取り返しのつかない巨大なシステムに頼り切った暮らしに疑問を感じ、節電のために家電を手放しはじめました。

「最初は掃除機、それから電子レンジ、エアコン、テレビ、洗濯機、冷蔵庫……。どれも子どもの頃から『ある』ことが当たり前で、ない生活を想像すらしたことがなかったものです。ところが、いざなくしてみたら、なんてことなかった。むしろ、ホウキなら長いコードにストレスを感じることなくパッと掃除ができるし、軽くて音も静か。ご飯もお鍋で炊いて、おひつで保存すればおいしく食べられます。冷やご飯はおじやにして、食べきれない野菜はベランダで干したりぬけ漬けにしたり」

ないと生きていけないと思っていたものが、実はなくても全然大丈夫。それは、高い給料をもらって、そのお金で広い家に住み、新しいものを買い続ける喜びをはるかに上回る、爆発的な楽しさだったといいます。痛快で解放感に満ちた体験が、稲垣さんの「当たり前」を塗り替えていきました。

「ある」だけが豊かな暮らし?「ない」に見出すしあわせ

ものを所有することが豊かだという価値観。あればあるほど便利で暮らしやすいと信じていた世界が、少しずつ揺れ動いていきました。やがて「電気」という当たり前の存在を見つめ直した体験は、「お金」、つまり「会社」を手放すことに流れ着きます。

「当時すでに、会社での息苦しさを感じていたのだと思います。時代も変わって会社の状況は年々厳しくなり、生き残るために競争し、減点主義の評価にいつも怯えていました。常に誰かと比べながら、人よりも上に行かねば、もっと頑張らねば、と努力することにも意味はあると思いますが、人生は永遠じゃない。貴重な人生の残り時間を、そんな出口のない競争に費やし続けることだけが人生じゃないはずと思うようになったんです。

そんなときに、なくてもやっていけるという価値観を知り、もしかしたら会社や給料もなくてもやっていけるのかもと考えることができるようになった。『もっと、もっと』と上を目指し、『たくさん』を求めるのではない。それよりも大きく、自由なことがあるんじゃないかって」

「ある」に豊かさを求めるのではなく、「ない」ところに価値を見出す。それは、ものや環境に頼って楽しませてもらおう、幸せにしてもらおうという受け身の姿勢から、自発的に手を動かし、考え、楽しみ方を見つけるということへの切り替えともいえそうです。

さて、会社を辞め、定期的で安定した収入を手放した稲垣さんは、支出を減らすため小さな部屋に住み替えることになりました。引っ越し先は築50年近いワンルーム。しかも収納はゼロ。かつての豪華マンションとは比べ物にならない環境の中、新しい街でイチからのひとり暮らしです。

vol.2では、そこで稲垣さんが気づいた発想の転換と、新しい価値観についてお聞きします。

取材は稲垣さんがいつも執筆をしているというなじみのブックカフェで行われました。
お気に入りの窓際席からは、ベランダの植物越しに東京の空が望めます。

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