医師としての経験を活かしながら、 音楽やアート、文学、伝統芸能といったさまざまな芸術と対話、
湯治などをかけ合わせた「いのちを呼びさます場」づくりに
取り組む活動を続けている稲葉俊郎さん。
人生の隣で、いつも支えとなっていたのは芸術の存在だといいます。
その芸術が医療とどのように交わっていくのか、 稲葉さんの考えをうかがいました。
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Text : Akari Fujisawa
Edit : Ayumi Sakai

芸術に触れることで、悩みが小さくなっていく
壁にいくつも飾られた横尾忠則氏のポスターやお気に入りのレコードジャケット、有名な「太陽の塔」をはじめとする岡本太郎氏の作品の数々、たくさんの書籍。稲葉俊郎さんのご自宅は、「好きなもの」がぎゅっと満ちたエネルギーを感じます。
「嫌なことがあったり疲れたりしたら、横尾(忠則)さんの絵を見るんです。そういう気分のときはたいてい、人間関係や常識など、この世の何かにとらわれているときなんですね。頭の中でぐるぐると同じことがめぐって、出口がないように思えてしまいます。
でも横尾さんの描く世界は、アナザーワールド、異界、あの世といった別次元。そこを通過して、またここに戻ると、自分の悩みがちっぽけに思えてきます。悩みだけにフォーカスせず、相対的に捉えられるようになるんですね」
現実の世界では、悩みは解決しておらず、問題は変わらずあるのかもしれません。でも芸術を体験することで、想像もしなかった『別の視点』が生まれるのだといいます。

「芸術に触れることで、自分の器そのものが少し大きくなり、心に占める悩みの割合が相対的に小さくなるんです。あるいは、悩みが縮むのかもしれないし、まったく思いもよらない回答に向かうこともあるでしょうか。自分ひとりで考えていたときとは、別のところにたどり着く。これこそが芸術の力だと思います。
もし苦手な上司がいたときに、回避という解決法だけでは、また別の会社で同じような人に出会った時に同じ悩みが繰り返されてしまいますが、自分の器を大きくし、相対的に悩みを小さくしてしまえば、悩み自体が気にならなくなると思いませんか?」
これはvol.1でうかがった、「病気を治しても、根源的な原因に変化がなければ、また別のかたちで繰り返されてしまう」という話にも通ずる気がします。病気を治すのではなく、健康を目指していく。芸術の追求は、「健康」へ向かう在り方にも似ているのかもしれません。
「芸術で自分の器を大きくする、これは人間としての成長や成熟にもつながることだと思うのです。そして医療においても、同じことが言えるのだと思います」

好きなことは、子どもの頃の心を思い出せば見つかる
自分をお守りのように支えてくれる「好きなもの」。それがあれば、なんて頼もしいだろうと感じる一方で、見つからないことを歯痒く感じることもあります。でも、見つける手立ては自分の中に潜んでいる。そう稲葉さんは教えてくれました。
「子どものときには、無から有を想像して創造したり、ひたすら怪獣の絵を描いたりしていませんでしたか? その延長だと僕は思っています。みんな、現実社会への適応ばかりにエネルギーを使うようになり、本来好きだったものを見失っているのかもしれないですね。
心の底に自分が本当に好きなこと、やりたいことがあっても『どうせできないから』と、見ないふりをしていることがほとんどです。ですから、気づくところからがスタート。そして実現できないと思うようなことでも否定せず、まずは認めてください。そのうえで、いまの人生とやりたいことに、どう橋を架けていくかを考えれば、おのずと光の方へ向かえると思います」

自分の尺度で見つける、自分だけのしあわせ
「そのためにも、まずは自分の尺度での好きなものを見つけられるといいですね。社会の流行や人の意見といった他人の尺度に合わせて比べたり、勝ち負けにこだわったりするのではなく、自分のものさしで。自分は何を求めていて、どうすれば満足できるのかを知る。『我ただ足るを知る』の精神です。
自分の背丈に合わせたしあわせを感じられるようになれば、必要以上の贅沢を求めることも、年収の多い少ないにとらわれるような修羅の道を歩く必要もなくなりますから。
僕も医者になって20年経ち、ようやく人生の帳尻が合ってきました。医療と芸術の架け橋という、本当にやりたいことと、自分のできることが繋がりだした実感があります。いままでは修行であり、助走。準備段階ともいえるかもしれません」
子どものころは、誰に言われるでもなく、素直に自分の中から生まれる気持ちを大切にしていた気がします。世間体や常識、そういったことから一度自由になって、「あのころ」を思い出してみるのも良さそうです。

vol.3では、心を喜ばせ、命を高めるために生活に取り入れられることを教えてもらいます。そもそも、命を高めるとは……? そこからお聞きしました。

22面体レコードジャケットによるサンタナ『ロータスの伝説』(1974年)。
「横尾さんの作品は、ポスターや書籍の装丁など、どれを見ても元気が出ます。
ご自身の考えや好きなものも、共感できることばかりで、
僕にとって心から尊敬するひとりです」