俗世から浄化され、無心の境地へ。

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辛酸なめ子の「心と体がととのう・禅体験ルポ」 vol.1
「自分に優しく心地よい『坐禅』で、全人類ワンネスの境地に」


日頃から“無心の境地”を目指しているという
漫画家・コラムニストの辛酸なめ子さんが曹洞宗の修行道場にて禅体験。
禅僧・宇野全智さんに、個人的な悩みを相談しながら
坐禅、写経、行茶を体験した様子を全3回に渡ってルポルタージュ。
vol.1は坐禅編です。

Photo : Kohei Yamamoto
Edit:Ayumi Sakai

「打たれるかも」の緊張が変化した
禅僧の意外な言葉

これまでにも何度か坐禅を体験したことがありました。坐禅という行為は好きなのですが、警策(きょうさく。坐禅のときに用いられる棒状の道具)で打たれるかもしれない緊張感が常につきまといます。自分は身じろぎしないように気をつけていますが、隣の人が打たれたりすると、それもまた自分のことのように感じてしまうので、必要以上にドキドキしていました。

今回、曹洞宗の修行道場「微笑庵」にて坐禅を体験させていただくことになったのですが、楽しみ半分、緊張半分といった思いでした。

禅僧の宇野全智さんの毅然とした佇まいを拝見し、禅寺で厳しい修行を積んできた方だと拝察。キリッとした表情で「坐禅というのはどういうイメージですか?」とおっしゃったので、坐禅に対しての真摯な思いをアピールしたくて「修行というイメージです。霊性を高めるための……」と真面目に答えました

すると、宇野さんは意外なことをおっしゃったのです。

「坐禅って足がしびれるとか棒で叩かれるみたいなイメージを持っている人が多いんですが、本来は穏やかでのんびりとしたものなんです」

なんと緊張ではなく、どちらかというと脱力系の時間だったとは。

温泉に入りまくって悟れたら
最高かもしれない

「私が坐禅を何万回としてきた中で、今日はいい坐禅だったな、という日の感覚とすごく似ているのは、温泉の露天風呂に 1人で入ってのんびりしてる感じです。

普段関わっている仕事の仲間や家族や友人からも離れて、服を脱ぎ、アクセサリーも全部外して、丸裸になって洗い場に行って、お湯で体の汗を流す。そしてぬるめのお風呂に浸かります。

風が吹けば木の葉がサーッと音を立てて、その音もただ気持ちよく聞こえる。ポカポカあったかい露天風呂に入っていると、だんだん自分の皮膚とお湯の区別がつかなくなってくる。お湯に溶けちゃっているような、お湯全体が自分にも感じられるような……」

宇野さんの誘導瞑想のような語りで、だんだん温泉に浸かっているような擬似感が。しかも、お湯と自分が溶け合っていくようなワンネス感もあり、温泉に入りまくって悟れたら最高かもしれない、と思いました。温泉イコール地球と考えれば、全人類が一緒にお湯に入ってつながっているようです。

「道元禅師は『坐禅は安楽の法門』とおっしゃっています。安心でゆったりな仏の教えへの入り口です。なので、今日のところはゆったりすわる、ふんわりすわる、のんびりすわる、心地よくすわる、そんなところがいいかなと思います」

これまでの坐禅のストイックなイメージをいい意味で裏切るお言葉。むしろ煩悩に近いような気がしますが、良いのでしょうか? 今まで緊張して行っていた坐禅がだんだん楽しみになってきました。続いて宇野さんは坐禅の心得を教えてくださいました。

坐禅の心得、すわり方を教わるも
脂肪のせいで何度もトライ

「坐禅は心と身体が一旦立ちどまり、お休みできる時間です。痛みや辛いところがないようにしながら、のんびりゆったりやっていきましょう。

坐禅で大事なことは 3 つで、1 つ目は身体をととのえる。2 つ目が呼吸をととのえる。3 つ目が心がととのう、です。身体をととのえ呼吸をととのえると、自然と心もととのいます」

坐禅のときは、すわっていながらも骨の積み木がバランスよく積み上がっているのが望ましいとのこと。骨盤が立っていて、坐骨をまっすぐにする、というのが重要だそうです。宇野さんに自分のお尻を触って坐骨が重力方向にまっすぐになっているのを確認するように言われましたが、脂肪のせいで坐骨の場所がわかりにくく……。でも何度か調整していたら坐骨の重みを実感できました。

脚の組み方は両脚とも太ももに乗せる「結跏趺坐」(けっかふざ)が理想とされていますが、それこそ長年訓練していないとできない体勢なので、脚は下ろしても良いとのこと。さらに、丸い坐蒲(ざふ)があるので長時間ラクにすわれます。

「骨盤が立って、背骨がゆったりな感じに重なって、最後頭が上にちょこんと乗って。ただ体の力を抜いてくださいね」

肩や首を回し、ストレッチをして、呼吸をととのえます。まず、口から息を大きく吐いて力を抜く。そのあとは自然に鼻呼吸します。吐く息をゆっくり丁寧に、というのがポイント。

「雑念が湧いたり眠くなっても、来る感情を選んだり嫌ったりしないでください」と、宇野さん。坐禅中にいろいろな思いが巡ると、自分はダメだと思いがちですが、何もジャッジせず、思いをつかまえない、というのが大切だそうです。

「ここではみんなが全員一つの露天風呂に入っていて、誰にも攻撃されないし、誰も攻撃しない。誰からも評価されないし誰も評価しない。ゆったりと生きている安心感で坐禅に入っていきましょう」 と言いながら、宇野さんはいつの間にか持っていた警策を傍に置きました。温泉に浸かるような感覚、と言われましたが、やはり打たれるのでしょうか? と、内心緊張。

「本当は打たれたかったのかも」。
内心と心の癖にも気付けた坐禅

坐禅中、宇野さんの醸し出す平和な空気感に次第に安心し、後半はリラックスできました。あとでそんな感想を申したら 「棒で叩くようになるのは江戸時代以降なんですよ。皆で集団部活みたいに一斉に坐禅をするようになって、その際、寝ている人を起こすために使われるようになりました。でも本来の坐禅はあくまで自主自律的なもの。もともとは使っていないものなのです」とのこと。

話を聞いていて、「打たれる」という雑念をついつかまえてしまっていた自分は、もしかしたら内心警策で打たれたかったのかもしれない、と思えてきました。

心地よくて楽だと逆に不安になってしまう、自分に厳しい団塊ジュニア世代。坐禅で自分を見つめることで、そんな心の癖にも気付くことができました。

自分に優しく、心地よい坐禅で、いつか露天風呂の境地を体得したいです。スパ代、温泉代を節約できるかもしれない、とまた俗世の雑念が……。

禅僧の作法に習う修行体験はこちら
https://otonami.jp/experiences/sotoshu/

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