ミニマルで上質な暮らしが人気を集めるエッセイストの広瀬裕子さん。
驚くほど物を持たない広瀬さんが、手放さずに使い続けている物、新たに手に入れた物とは?
「本当に好きなものを少しだけ、大切に使う」という広瀬さんの審美眼に叶った
日用品の物語を綴ってもらいます。
こころ躍らせながら荷物をつめる
人生はじめてのトランクは、19歳の時、ヨーロッパへ行くためのものでした。10日分の荷物が入るトランクに2週間ほどの必要なものをつめ出かけました。季節は3月。まだ寒いヨーロッパです。防寒用に何枚もセーターを入れたのをおぼえています。
はじめての海外への旅。憧れと少しの不安。それでも、圧倒的に優っていたのは「楽しい」でした。その時から「トランク→楽しい」という式が、わたしのなかでできました。
いまのトランクは、その時から数えて3代目になります。1代目はアルミニウム。2代目は紙。そして再びアルミニウムに。同じメーカーの同じ材質ですが、1代目と現在のものは40年の時間の隔たりがあります。当時のものより明らかに軽く扱いやすくなっています。
わたしは、いつも「世界は現在進行形」と思っていますが、トランクに於いてもそれは変わりません。シンプルな造りのトランクも、年々、進化しています。
3代目に選んだのは、1代目同様ハードな扱いに耐えられるメーカーのもの。トランクは、実用品・消耗品と捉えられるものですが、そこには、やはり「楽しい」も必要です。それもあり、選ぶ時も、使う際も、その思いがあるものにしました。
何色かあるなかで手にしたのは黒。1代目はシルバーでした。40年前は、色の選択などできませんでした。いまは様々な色がそろっています。そのなかで最もペーシックな色にしたのは、いつもの装いに合わせたから。でも、本当は店頭で「シルバーか黒か」で散々迷ったのですが。
40年前とちがうのは、サイズをちいさなものにした点でしょうか。大きなトランクを持ち、階段を上れる年齢ではもうありません。旅先では思いも寄らないことも多々あります。扱いやすくなったとは言え、できるだけ荷物はコンパクトに軽くと考えサイズダウンしました。
でも「トランク→楽しい」は変わりません。向かう先にあるものが、仕事だとしても、バカンスだとしても、いつもこころ躍りながら荷物をつめます。そこには──19歳のわたしがいまもいるようです。
時間・気持ちの余裕・体力。
そのどれかひとつが欠けても集中できず楽しめない、というのがあるからです。
気候が穏やかな時分は、その3つが揃いやすい時。展示も多くなります。
(根津美術館)



