もやもやしたり、イライラしたり、くよくよしたときに、
そこに何が関わっているかを客観視できたなら、心は少し軽くなるかもしれません。
自分を知る、人を知る、時代を知る、社会を知る──。
理解の手助けになるような本を、こころの本屋の本棚から紹介します。
感情にフタをしている人が
自分に目を向けるまでの物語実用書
「つらいと言えない人」がどのように心の傷に気づき、向き合っていくのかーー。この本には、カウンセラーの伊藤絵美さんのもとへやってきたクライアントの変化が、生きづらさをテーマにした物語のように綴られています。登場するのは40歳のワカバさんと、48歳のヨウスケさん。
ふたりはタイプが異なるものの、自分の感情にフタをしていることによって慢性的な体の不調を抱えているという共通点がありました。ワカバさんは「まじめないい人」で、自分の感情より人の感情を優先してしまう「自己犠牲」的な面を持っています。ヨウスケさんは社会的地位が高く「オレ様」的な性格で、感情を出すような振る舞いを「レベルが低い」と見下しているがゆえに、自分の弱さを出せず、人に助けを求められません。
紙面の多くを割いて深刻に扱われているのは、ヨウスケさんのケースです。長年の間に染みついたオレ様が根深くて、伊藤さんのことを上から目線で品定めしたり、提案にも難癖をつけてきたり、おそらく周囲からも煙たがられているだろうと想像できる言動ばかり。しかし、それに対する伊藤さんの接し方も、私にとっては本書の見どころでした。上に立とうとする相手に屈することなく、自分が感じた嫌な思いを飲み込むこともない。それでいて、相手のつらさを「ここまでして相手を価値下げしないと自分を保てないなんて、ヨウスケさんも大変だなあ」と、評価や判断を加えずに眺めているのです。
前書きのはじめから「認知行動療法」「マインドフルネス」「スキーマ療法」など専門用語が並びますが、わかりやすいレクチャーも挟まれていますので、どうか読み進めてください。ヨウスケさんやワカバさんの気づきを追体験するうちに、それらの心理療法についてもきっと理解が深まります。
『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』
伊藤絵美/医学書院
著者の伊藤さんは認知行動療法(ストレスを対処するためのアプローチ)を専門とするカウンセラー。 本書では、その技法のひとつとしての「マインドフルネス」や、 心の傷に対してより深い認知を扱う「スキーマ療法」を用いて、ふたりのクライアントに向き合う。 感情にフタをするとはどういった状態か。カウンセリングではどんなセッションが行われるのか。 引き込まれる物語と、その中で行われている内容の解説とを、交互に読める構成が特徴的だ。 一冊を通して、自分に目を向けることの大切さが貫かれている。