お客様から「元気がないときに、おすすめの本はないですか?」と
よく訊かれるというペンギン ブックストア店主の立石さん。
そんな時、立石さんは「元気が出る本」ではなく
「元気がなくても楽しめる本」を紹介しているのだそう。
気持ちに寄り添ってくれて、硬くなった心をほぐしてくれる。
そんな一冊を、毎月セレクトして独自の視点で紹介する人気連載。
問題に正面から向き合わないことを許してくれる
「走る哲学者」為末大の悩み解決本
いつも明るいお客さまが、先日は普段より元気がない様子で入って来られました。実は最近になって、20代の息子さんが小麦アレルギーと診断されたのだそうです。体調不良の原因がわかったのはよかったのですが、まだ若いので食欲旺盛、ラーメンもピザも大好きなので、これからは思い切り食べられないと知り、がっかりしているのだとか。
こんなときに適切なのかわかりませんが、私は為末大さんがこの本の中で書いていた言葉をお伝えしてみました。
ハードルの選手だった為末さんは、あるときアキレス腱を痛めてしまい、思いっきり跳ぶジャンプ(プライオメトリック)ができない時期があったそうです。しょうがなくアキレス腱に負担の少ない「スクワットジャンプ」に変えて練習したのですが、為末さんはこれを「シェフから主婦へ」という言葉で表現しています。「シェフは好きな食材を集めて最高の料理を追求できるけど、主婦は残り物も含めた冷蔵庫のなかのものでなんとかするしかないのと似ているなと思ったんです」。
そして、世の中は不条理で不公平だけれど、あるがままを受け入れて生きていける人になりたいと綴っています。「シェフから主婦へ」。前向きで素敵な言葉ではないでしょうか。
この本は、様々な年齢の人の様々な悩みに為末さんが答える形になっています。 攻撃的な職場の先輩に悩む女性には、相手を変えることはできないから「自分自身の認識を変える」ことを勧めています。「何か言われたら、「あっ、また責められた」と思うのではなく、「お局様は、ただ今攻撃モードに入りました!」と心の中で実況中継をしてみたら」と。
極端な「自然育児」を押しつける保育園の方針に悩む母親には、保育園にいるときは「うまく演じ、外に出れば素の自分に戻ればいい」と提案します。
為末さんの著書は、一般的に「ネガティブ」と思われることを言っているようなのに、読んでいると気持ちが明るくなっていくのが不思議。考えすぎたり、こだわりすぎたり、常識や高い理想に縛られて身動きできなくなってしまったとき、私は心の中の為末さんを引っ張り出してみます。あの爽やかな笑顔で「そもそもそれは、解決すべき問題なの?」「ずいぶん肩に力が入ってるよ」などと言われるシーンを妄想すると、少しだけ軽やかに生きられる気がするのです。
『逃げる自由』
為末大・著/プレジデント社
元陸上トラック種目のオリンピック選手である為末氏の、ベストセラー『諦める力』の続編。
職場や家庭で誰もがぶつかる迷いや悩みに、為末氏ならではの視点で解決の糸口を提案している。
「逃げる」という言葉には、「こうあるべき」「こうせねばならない」といった
呪縛や理想から距離を置いてみる、という意味が込められている。
巻末にはみうらじゅん氏との対談「意味を求めない生き方」も収録。