ミニマルで上質な暮らしが人気を集めるエッセイストの広瀬裕子さん。
驚くほど物を持たない広瀬さんが、手放さずに使い続けている物、新たに手に入れた物とは?
「本当に好きなものを少しだけ、大切に使う」という広瀬さんの審美眼に叶った
日用品の物語を綴ってもらいます。
ていねいに、親切に。まとうたびに襟を正す
車を手放し2年半がすぎました。車がすきだったこともあり、街中でうつくしい車を目にするといまでもこころときめきます。ときめきますが、運転のストレスから解放されたのは、やはり、否めません。
公共交通を使うようになり、必要になったものがあります。これからの季節、春先まで首元を寒さから守ってくれる巻ものです。マフラー、ショール、スカーフ。なかでもスカーフをよく使うようになりました。
車で移動していたときは、移動中に「寒い」と感じることは当然ですが、ほとんどありません。でも、いまは、駅のホーム、目的地までの間など、気をつけていないとつめたい空気につつまれます。
冷えは万病の元。とりあえず「何か防寒できるものを持っていく」。それが、外出時の習慣になりました。
スカーフは、かさばることなく、1年中使え、夏のクーラー対策もできます。スカーフがあるとないとでは、大ちがいです。
そんなこともあり、昔々、手にしていたスカーフを使うようになりました。40年前のものです。年代ものですが、いまでも光沢があり、手ざわりもよく、程よい厚みがあり、寒さからまもってくれます。
このスカーフは、19歳の時、はじめてのパリ旅行で買い求めました。言葉もできないのに、ひとりでお店に行った記憶があります。ぎこちない英語でのやりとり。それでも、お店の方は、ショーケースの上に数枚のスカーフを広げ、見せてくれました。
そして、最終的に決めたのが、この1枚。華やかな色使いのものもすてきでしたが、黒いベースに惹かれました。オレンジ色の箱を手にお店をあとにしたときは、とてもうれしかったのを覚えています。
当時のことをいまでも思い出します。
スカーフを手にしたうれしさもそうですが、お店の方がきちんと対応してくれたことへの感謝です。時間が経つにつれ、それが、どれほど大事なことかを思います。スカーフ1枚買いに行った19歳のわたしに、感じよく接してくれたこと。それは、いつしか、わたしのなかで何かを育んでくれました。
どんな時も、できるだけ、きちんと対応すること。歳上歳下関係なくていねいな言葉で話すこと。親切にすること。スカーフのあたたかさを首元で感じる時、同時に自分の襟を正します。
冷たい空気のなか漂うバニラの香り。
(マリアージュフレール)



